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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)3503号 判決

原告 国

訴訟代理人 森川憲明 外一名

被告 株式会社東京相互銀行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告指定代理人は、「被告は原告に対し金五七八、六八九円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(1)  原告国(所管庁川崎税務署長)は、訴外株式会社中央鉄骨製作所(以下滞納会社という)に対し、昭和三一年一二月一八日現在において、別表のとおり昭和三一年度法人税六九三、五七九円の租税債権を有していた。その後滞納会社から、右租税債権のうち、金一一四、八九〇円が納付されて、現在の滞納税額は金五七八、六八九円となつた。

(2)  一方滞納会社は、被告との間に、昭和三一年五月二五日、満期日を昭和三二年八月二四日と定め、その満期日までの間に金三〇〇万円の給付を受けることを約して毎月掛金の払込を行う、いわゆる相互掛金契約を締結し、右契約にもとづき同年五月二五日、同年六月二五日、同年七月三一日、同年八月三一日同年九月二九日、同年一〇月二五日にそれぞれ二〇万円、合計一二〇万円を掛金として払い込んだ。

(3)  そこで、原告は昭和三一年一二月一八日滞納会社に対する前記租税債権を徴集するため、国税徴収法第二三条の一により、滞納会社が被告に対して有する前記相互掛金上の債権(後記の解約又は満期による掛金返還請求権)を、滞納額六九三、五七九円の限度で差押え、同日その旨を被告に通知した。

(4)  ところで被告は、昭和三一年一二月一九日前記相互掛金契約を解約したので、それまでに滞納会社が払い込んだ掛金一二〇万円を同会社に返還する義務がある。

仮に右解約の事実が認められないとしても、被告は、満期日までに滞納会社が払い込んだ右一二〇万円の掛金を返還すべき義務がある。

(5)  よつて原告は、滞納会社に代位し、被告に対し右一二〇万円の債権のうち滞納額相当の五七八、六八九円の支払を求めるため本訴に及んだ。」

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、「請求原因第一項の事実は知らない。同第二項の事実は認める。同第三項中差押の通知があつたことは認めるが、その他は知らない。同第四第五項は否認する。」

と述べ、抗弁として、

「(1)  滞納会社と被告との間の本件相互掛金契約には、「加入者の権利義務の譲渡変更又は質入については、あらかじめ被告銀行の承諾を受けさせるものとする。」旨の約款があり、被告の承認なきかぎり右債権の譲渡は禁止されていた。しかも右の約款は被告の営業免許に際して大蔵大臣に届け出たものであるから、原告国は、右債権譲渡禁止の特約について悪意の第三者である。従つて原告のした本件債権差押は無効である。

(2)  かりに右の抗弁が認められないとしても、被告は次のとおり相殺の抗弁を主張する。滞納会社と被告との間は、昭和三一年一〇月五日附手形取引約定書を以て、滞納会社の振出した約束手形のその他の債権について、「同会社の被告銀行に対するすべての債務の内、いずれかその一の履行を怠つたものがある場合は勿論、被告銀行において債権保全のため必要と認めた場合は、同会社の被告銀行に対する諸預金、その他被告銀行に対する一切の債務に対し、右債権債務の期限の前後あるいは到否にかかわらず、且つ同会社に対し何らの通知を要せず、その対当額において相殺されても異議ない。」旨の契約をし、滞納会社は右の契約にもとづいて、同日金額三四〇万円、支払期日昭和三一年一二月五日、支払地川崎市、支払場所東京相互銀行川崎支店、振出地川崎市なる約束手形一通を被告宛に振出し、被告は、同日同会社に対し金三四〇万円を弁済期昭和三一年一二月五日、利息金一〇〇円について一日金五銭の約束で貸付け、右手形をその支払方法とし受取つた。被告は、右手形の所持人として、支払期日に支払場所に右約束手形を呈示してその支払を求めたが拒絶された。よつて被告は昭和三二年一〇月一五日滞納会社及び原告に対し右の債権と本件相互掛金契約による掛金返還請求権とを対当額において相殺する旨の意思表示をした。かりに右意思表示がなかつたとしても、本訴(昭和三三年九月三〇日附準備書面)において相殺の意思表示をする。」

と述べた。

原告指定代理人は被告の右抗弁に対し、

「被告の抗弁事実中、被告銀行の相互掛金契約約款中に「相互掛金契約にもとづく加入者の権利義務の譲渡、変更又は質入等をしようとする場合はあらかじめ当行の承認を受けなければならない。」との規定があること。被告が昭和二六年一〇月一九日大蔵大臣から営業免許を受けたこと及び滞納会社が昭和三一年一〇月五日被告主張の約束手形を被告宛に振出し、同日被告から弁済期を同年一二月五日として金三四〇万円を借受けたことは認めるが、その他の主張事実は争う。

被告は右譲渡禁止の約款の存在を理由として、本件差押が無効であると主張するが、国税徴収法による滞納処分としての債権差押と私人間の契約による債権譲渡とはその性質を異にする。従つて当事者間の合意により債権譲渡が禁止されてもその債権が差押不能となるものではない。もし被告の主張のとおりであるとすれば、私人間の合意により差押禁止の財産権が創設されることになり、極めて不合理である。

又、本件差押処分をした官庁は川崎税務署長であり、前記債権譲渡約款の届出を受領したのは大蔵大臣である。そしてある事実についての国の善意悪意は個々の行政官庁について個別的に判断すべきであるから、本件においては、処分庁たる川崎税務署長が右譲渡禁止の特約の存在を知らなかつた以上、原告国は悪意の第三者ということはできない。被告の抗弁(1) は、この点から見ても、理由がないことは明らかである。

次に抗弁(2) について考えるに、第三債務者たる被告が差押債権者たる原告に対し、差押前に取得した差押債務者(滞納会社)に対する債権を自動債権として、相殺をするためには、差押の当時において、双方の債権が相殺適状にあつたことが必要である。ところで、本件においては、差押当時はまだ本件相互掛金契約は解約されておらず、又満期も到来していなかつたのであるから、掛金返還請求権は未だ発生していなかつた(原告は将来発生すべき債権をあらかじめ差押えたことになる)。従つて相殺適状になかつたことは勿論であるから、被告のした相殺の意思表示は無効である。」と述べた。

証拠関係〈省略〉

理由

滞納会社と被告との間に原告主張の日時に請求原因第二項記載の相互掛金契約が締結され、これにもとづいて滞納会社が、昭和三一年五月二五日から同年一〇月二五日までの間に掛金合計一二〇万円を払い込んだことは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いない甲第一、二号証によると、原告が昭和三一年一二月一八日現在において、滞納会社に対し別表記載の滞納租税債権を有し、同日、同会社の被告に対する前記相互掛金契約にもとづく掛金返還請求権を滞納税額の範囲において差押えたことが認められる。なお原告は、被告が同年一二月一九日に右相互掛金契約を解約したと主張するがこれを認むるに足る証拠はなく、却つて証人今井悦三、同島田富久雄の証言によれば、解約の事実はなかつたものと認められるから、原告は、右相互掛金契約による満期における掛金返還請求権を差押えたものと認めるのが相当である。

そこで被告の抗弁について判断する。

被告は、右相互掛金契約中には債権譲渡禁止の約款があり、しかもこれは大蔵大臣に届出たものであるから、原告のした本件差押は無効であると主張する。しかし、私人間の契約による債権譲渡と、国税滞納処分による債権差押とはその性質を異にし、私入間の契約によりほしいままに差押禁止の財産権を創設することは許されないことは明白であり、その理由は右約款を大蔵大臣に届出たか否かにより左右されるべき性質のものではないのであるから、右譲渡禁止の約款が本件差押の効力について何の影響も及ぼさないことは、原告所論のとおりである。従つて被告抗弁(1) は理由がない。

次に昭和三一年一〇月五日被告が滞納会社に対し金三四〇万円を、弁済期を同年一二月五日と定めて貸付けたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いない乙第六号証によれば、被告が昭和三二年一〇月一五日附の内容証明郵便で原告に対して、右債権と本件差押債権を対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは明らかである。原告は、本件差押当時双方の債権が相殺適状になかつたから、右相殺の意思表示は無効であると主張するが、債権差押の場合、第三債務者が相殺を主張するためには、差押の当時第三債務者が相殺原因たる自動債権を有し且つその弁済期が到来していれば足り受動債権の弁済期が到来してることは必要でないと解すべきであるから被告の右主張は理由なく、従つて右の相殺の意思表示は有効である。(最高裁昭和二九年オ第七二三号、昭和三二年七月一九日判決参照)(なお、原告は本件差押当時、右掛金返還請求権が発生していなかつたと主張するが、証人今井悦三、同島田富久雄の証言及び成立に争いない乙第三号証を綜合すると、少くとも、当時満期に支払うべき期限付債権として存在していたものと認めるのが相当である。)

従つて、原告の請求する本件差押債権は、右の相殺により既に消滅したものであるから、原告の請求は全部失当である。

よつて訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺均)

別表〈省略〉

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